この度、図らずも日中社会学会の会長に選出され、総会にて承認いただきました西原和久です。会長就任の話が来たとき、私自身の研究のことや年齢のこともあり、引き受けするかどうか迷いましたが、これまで日中社会学会および中国の社会学研究者には大変お世話になりましたので、ご恩返しのつもりで引き受けることにいたしました。
私は、年上のきょうだいがみな旧満州生まれではありますが、中国社会の研究者ではありません。ただ、これまで中国からの若い研修生・技能実習生の研究に取り組んだ経験があり、また、南京大学や北京外国語大学などで客員教授として社会学を教えた経験もあり、さらにかつての中国人留学生で現在中国において教壇に立っている教え子たちも複数おります。
また、学術交流の面では、21世紀に入ってからは「東アジア社会学研究者ネットワーク」のメンバー、およびそれを土台とした「東アジア社会学会」の理事として、また日本社会学会の国際交流委員長や国際社会学会の横浜大会の組織メンバーとして日中学術交流にも注力し、さらに中国社会科学院、吉林大学、復旦大学、上海大学、浙江大学、香港大学などでも中国の研究者たちと親しく交流する機会を持ってきました。そうした関係で、当時の中国社会学会会長・李培林教授の邦訳の監修者となったり、中国での講演を含む私の論稿も複数が中国語に翻訳されて刊行されていたりします。昨今の日中関係のなかで、「学術交流」を中心に、私の言葉では(国際交流ならぬ)人と人との「人際(にんさい)」交流をより活性化させる仕事ならば、私がやれること・やらなければならないことだと考え、会長を引き受けることとしました。
そこで会長としての所信の第1を述べるにあたり、あらためて日中社会学会の会則をチェックしますと、会則の第1条2には、「本会は、日中両国の社会学会の交流を図り、両国の社会学の発展に寄与することを目的とする」とあります。まさに、私がやりたいことは、この目的に的確に表現されております。現在、私は平和社会学研究会を立ち上げ、平和社会学の構築に向けて活動をしております。日中のみならず、トランスナショナルな人際交流は、「平和」であることが大前提です。そうした視点からこのホームページにある歴代の会長の挨拶を振り返ってみると、かつての首藤明和会長の挨拶に、先達の志は「学術交流を通じた日本と中国の相互理解の深化であり、ひいては世界平和の構築に向けて努力を惜しまない姿」であったといった一節や、「日中社会学会とは、日中相互理解と世界平和実現のために、先達が遺された貴重なプラットホームである」といった一節が記されております。私は、そうした先達の言葉を大切にし、会長としての私の職務とする所存です。それが私の所信表明の第1です。
そこで、第2の所信表明ですが、首藤元会長のいう「先達」の1人は、故中村則広元会長が想定されていると思われます。私は、中村元会長とは中国や日本でしばしばお酒も共にする関係でありましたが、記憶に残っている重要なことは、筑波大学の大塚キャンパスで理事会があった際に、いわゆる第2学会誌の発刊に関与したことです。種々議論があった中で、私が、では『21世紀東アジア社会学』という学会誌名にしてはどうかと提案し、中村元会長もすぐに同意されてこの学会誌名が決定され、紆余曲折はありながらも現在は12号まで来ています。この第2学会誌も、陳立行先生、首藤先生、そして南裕子先生などの私が直接知りえている会長経験者の大変な尽力で、東アジアのリージョンだけでなく、グローバルな視野を持った学会誌に育ってきています。私自身は日中での講演や論稿で「東アジア共同体」論をしばしば語っていますが、この議論はいわば「平和な世界社会」実現への一つの道です。だからこそ、今後とも日中社会学会会員の研究の発展をより一層図るべく、今年度に第30号となる『日中社会学研究』とともに、この『21世紀東アジア社会学』も大切にしていきたいと考えています。これが、私の第2の所信表明です。
少し長くなりましたが、最後に3点目として重要なもう1点だけ記させていただきたいと思います。日中社会学会は、中国社会の研究や日本社会の研究を基礎とするものであることは間違いありませんが、私としてはそれと同等の重みをもつものとして、トランスナショナルな「日中交流」全体の過去・現在・未来に関する研究も重視したいと考えております。日中関係が政治経済的にも問題含みとなっている現在だからこそ、日常生活を営む人びとの生活世界のレベルで積上げられてきた「日中交流」の歴史的現在をしっかりと捉え直し、未来に向けた新たな日中人際交流の歴史の創造に関わりたいと考えております。そのためには、特に日中の若い世代に期待するところが大です。若手を含む研究会・研究集会を活性化し、定期的な研究集会と年1回の研究大会を連動させ、日中間での「人際交流」の捉え直しも進めていきたいと考えております。これが第3の所信表明です。
いまや、中国からの留学生や働き手さらには中国人国際結婚移住者などの研究の他にも、日本における中国人集住地やいわゆる中華街の研究など、日本国内の生活世界レベルでのトランスナショナルな日中交流の研究テーマには事欠きません。それだけ、日中交流は生活世界レベルで深まっているのです。そこに焦点を合わせる研究は、交流がさらに活性化されるであろうポスト・コロナ時代に向けて、とても重要なものだと考えております。
微力ながら会長として、日中社会学会における――以上を要約すれば――③若い世代を巻き込んだ会員の日中交流研究を含めた研究の活性化と、②日中を中心としつつも東アジアや世界を志向する研究、そして➀それらの研究を通した日中の相互理解や、ひいては世界平和に貢献する方向性を重要視していきたいと考えています。この点を再確認して、長くなりましたが私の挨拶とさせていただきます。力を合わせて、一緒に日中・中日の社会学研究を推し進めていきましょう。