会長挨拶
会長:陳立行 (関西学院大学)
21世紀はアジアの世界になると言われている。アジアの大国としての中国は、20世紀から100年の間、封建体制、半植民地統治、社会主義体制など複雑な体験を背負いながら、今日、グローバル化した市場経済システムに組み込まれ、大きな転機に直面している。21世紀に入ってから中国では、目に見えるほどの日進月歩の変化に伴い、社会の深層ではマグマ活動が活発化している。中国社会は如何に、どの方向へと変化しているのか。その変化のメカニズムの解明は、中国を超え、全世界の社会科学の重大な課題になることに違いない。この意味で、日中の社会学研究も新たな歴史的な展開を迎えているといえよう。
私は、改革開放以降の最初の社会学専攻の中国人留学生として、1983年に来日し、日中社会学会の設立から今日まで、この学会とともに成長してきた。初代会長の故福武直先生は、設立大会での挨拶で、「中国の社会変化を見極める現地調査」、「若手研究者の育成」、「日中両国の学術交流」という三つの課題を提起された。
その後これは学会の精神になり、20年以上、2世代の社会学者を励ましながら、現在、実りつつある段階に入っている。2009年、本学会に関係する日中両国の会員が執筆した『日中社会学叢書』(全7巻)が明石書店により出版された。無論、この叢書にはまだ議論の余地も多く残されているが、本学会の三つの精神を具現するものとして、21世紀の日中社会学会の飛躍にとって重要な礎石になると信じている。この場を借り,学会を設立した故福武直先生,学会を育てた歴代会長の青井和夫先生,宮城宏先生,根橋正一先生,中村則弘先生、及び学会活動を精力的に支えてきた歴代の理事の皆様、積極的に学会活動に参加する会員の皆様に心から感謝の意を述べたい。
本学会は、これまで20数年にわたり、三つの精神をもって地道に現地調査を重ねながら、日中両国に多くの若手研究者を育て、両国の社会学者の間には深い信頼関係と研究ネットワークが構築されてきた。学会として、たとえるなら、少年時代を過ぎて、活発な青年時代に入っているといえよう。そしてまさに今この時期、20世紀に近代化した日本の経験と21世紀に興起しつつある中国社会の諸事象を前にして、この歴史的展開は、本学会の発展に対して大きな可能性を与えてくれるものである。
それはなぜならば、社会科学の発展は社会事象に基づいて構築されたものだからである。19世紀前半の欧州に発生した産業革命に伴う社会変動と19世紀後半からのアメリカ新大陸の興起は、K.マルクス、M.デュルケーム、M.ウェーバーなどの社会科学の巨匠を生み、欧米社会科学の発展に大きく貢献した。今後、アジアの全体的な発展に伴い、これまでの欧米社会とは異なる社会事象の展開を如何に読み解くかは、21世紀の社会科学の新たな発展に大きく繋がることになるであろう。
こうした状況の中で、本学会はこれまで以上に行動力と想像力が求められる。本学会の三つの精神を継承しながら、会員の力を結集し、学際的に、中国、日本、さらには他のアジア社会の変化の脈動を的確に掴んだうえで、その普遍性と独自性に関わる理論的研究をさらに深め、21世紀の社会科学の新たな発展に寄与しなければならない。これは、会長としての責務だと考えている。
初めての中国人の会長として、バトンを引き継ぐことに対して、歴史的責任とともに力不足も切実に感じている。今後、会員の皆様のご協力をいただきながら、力を尽くしていきたい。