日中社会学会会長 首藤 明和(長崎大学)
2013年6月、第7代の日中社会学会会長を拝命いたしました。先人の遺志を引継ぎ、今日の置かれた状況を把握し、問題意識を煮詰めつつ課題に取り組み、そして今後に向けた展望を紡ぎ出していかなければなりません。この重責を担うにあたって身の引き締まる思いをいたしております。以下、会長としての所信を述べさせていただきます。
近年、日本と中国を取り巻く状況がさまざまな面で課題を抱えていることについてはご承知の通りです。そのなかで、日中社会学会が取組むべき課題が山積していることは言うまでもありません。これら課題をシンプルかつ骨太に捉えてみますと、次のように言えるのではないかと考えます。
まず何よりも、先達が日中社会学会に遺された志を忘れてはなりません。それは学術交流を通じた日本と中国の相互理解の深化であり、ひいては世界平和の構築に向けて努力
を惜しまない姿です。近い将来、世界はひとりひとり誰にたいしても居場所があるような社会になることが望まれます。人が人を支配することを当たり前と思っているような、そしてそのことで生じる諸矛盾に目を背けるような、そうした現状から脱却する必要があります。日中社会学会とは、日中相互理解と世界平和実現のために、先達が遺された貴重なプラットホームであることを、今一度、噛み締めておきたいと思います。
次に、日中社会学会内部の現実的な変化以上に、社会そのものの変化が速く広く深く進行しています。ここから生じている本学会の課題とは、次のように捉えることができるでしょう。すなわち、本来、学会とは、人材の育成と新しい価値の創出にかかわることを根本としますが、この本義自体に懐疑の目が向けられたり等閑にされたりする事態が生じているということです。言うまでもありませんが、私たちは一生にわたって“学び続ける存在”です。人材の育成とは、近代市民社会のなかで制度化された「職業」(賃金労働)にだけかかわるものではなく、誰にとっても、この世で授かった生とその使命を終えるまで、あらゆる営みにかかわってずっと続くものです。また、価値の創出では、私たちの日常に纏わりつく観念をいったんは宙づりにして吟味する必要があり、場合によっては世間の喧噪から離れる時間やそのきっかけが必要です。すなわち、人材育成も価値創造も、本質的に時間を要するものであり、一定の基準によって算定される生産性や効率とは、しばしば鋭く対立したりします。しかし、目に見える成果を重視する昨今の風潮においては、こうした学会の根源的な営みそのものに懐疑の目が向けらたりしています。あるいは学会自らがその存立基盤を削ってしまうような疑心暗鬼や自縄自縛に陥る危険を孕んでいます。日中社会学会では、こうした事態に対して、何らかの問題意識を共有する必要があると私は考えています。
これら大きな課題、すなわち日中相互理解と世界平和構築、そして人材育成と価値創造に対しまして、日中社会学会としましては、やはり学術交流のさらなる充実に努めるなかで応えていきたいと考えます。「土俵の充実」です。既存の学会事業との有機的連携を図りつつ、いくつかの新規事業への取り組みを実施します。
(1) 機関誌『21世紀東アジア社会学』のグローバル化
本学会では『日中社会学研究』と『21世紀東アジア社会学』のふたつの機関誌を発行しています。『日中社会学研究』は創刊以来20年余りが経過しており、全国規模学会誌として、大学や研究機関等で一定の評価を受けるに至っております。今後もまた、研究大会シンポジウムなどとの連携のなかで特集の充実に努めるなど、誌面のさらなる充実を目指してまいります。
『日中社会学研究』は既にある程度の伝統を有しているがゆえに、学術的な規範と風格を備えることで社会的あるいは会員諸氏からの期待に応える必要があります。一方、後者の『21世紀東アジア社会学』は本年3月に第6号が刊行したばかりで、学会誌としては新米の部類に入ります。それゆえ、風格と言えるだけのものが備わっているかといえばまだ心許なく、『日中社会学研究』に比して安定感に欠けるきらいもあるかと存じます。しかし、このことと表裏一体なのですが、『21世紀東アジア社会学』は、本学会を取り巻く厳しい環境に即応しながら展望を切り開いていくだけの斬新性や敏捷性を有しています。こうした特徴を、日中社会学会の継続的発展の駆動力として、私たちは戦略的に活用しなければなりません。『21世紀東アジア社会学』を舞台に、日中社会学会での学術交流が、とりもなおさず世界の関心を惹きつける研究内容を有し、世界へ開かれた知的交流の場となることが望まれます。
では、具体的にどのような方途が考えられるのでしょうか。現在、私が考えている『21世紀東アジア社会学』の改革案は以下のものです。①Electronic Library service によるPDFオープンアクセスを推進し、掲載論文に対する全世界からのアクセス利便性の向上を図ります。②本誌の使用言語が多言語であることの独自性をさらに活かした誌面づくりをおこないます。③学会員からはもちろん、国内外の非会員からも論文を公募します(非学会員の投稿にあたっては、論文掲載料を徴収することを検討します)。④査読システムをグローバル化し、学会内外、国内外の研究者に査読を依頼します。⑤基本的に電子ジャーナルとしての発行ですが、別途、冊子版の印刷については、受益者負担のオンデマンドとします(本学会の予算は年間70万円程度と限りがあるからです。オンデマンドの場合、1冊の単価は千数百円くらいになると思います)。⑥日中社会学会が主催あるいは共催する国際シンポジウムや若手研究者の国際研究会、あるいは国内での研究集会の成果などを積極的に取り上げてまいります。⑦後述しますように、「香港アジア社会学会」との学術交流を深めるなかで、その成果を誌面づくりにも生かしていきます。
(2) 「香港アジア研究学会」との学術交流の促進
昨年、日中社会学会は香港アジア研究学会(The Asian Studies Association of Hong Kong : ASAHK,現会長は日中社会学会員でもある香港大学・王向華博士)と学術交流協定を結びました。その結果、日中社会学会は香港アジア研究学会で初のInstitutional Memberとなり、香港アジア研究学会が今後発行を予定している英文ジャーナルへの投稿資格と、年次大会への参加資格を得ることになりました。2014年3月には第9回研究大会が香港大学で開催され、日中社会学会は研究担当理事が中心となってふたつのパネルを設置し、活発な議論をおこないました。また10名あまりの会員がそれぞれの部会で報告をおこないました。香港アジア研究学会との交流協定締結により、今後、継続的かつ安定して海外での学会発表や英文ジャーナル投稿などの機会を日中社会学会員に提供できます。また、上述の『21世紀東アジア社会学』の誌面づくりや査読システムの構築においても、香港アジア研究学会との連携を活かしてまいります。
(3)エリア研究会の活性化(海外開催を含む)
研究大会では報告時間や質疑応答などで時間に制限があり、議論が煮詰まらず、物足りなさを感じることもあります。一方、エリア研究会では、若手、中堅、シニアと世代を超えて、それぞれの研究段階を尊重するなかで、報告と議論に時間を割くことができます。また研究交流の基盤的なネットワークを構築するにあたって、大きな機会を提供してくれます。今後、日中社会学会では、九州や北海道など、これまでエリア研究会が開催されなかった国内地域はもとより、香港、北京、上海など海外エリアでも積極的に研究会を開催します。
(4)「日中社会学叢書」(第2期)の企画と刊行に向けて
ご承知のように、2008年から10年にかけて、日中社会学会は「日中社会学叢書」全7巻を明石書店より刊行しました。中国社会学研究の最前線を幅広くカバーするとともに、世代を超えた多彩な執筆陣がそれぞれの問題意識と理論・方法に基づき、中国社会を多角的に分析し、新たな知見を数多く提起しました。その後の中国研究に対する課題と展望を指し示すとともに、中国研究に従事するうえで欠かせない問題群や分析枠組みの共有にも貢献してきました。この叢書では多くの大学院生を抜擢したことにも特徴がありました。今日のキャリアに至る礎を若手研究者に提供できたことは、常に未来志向を掲げる日中社会学会にとってその本領を発揮するものであり、たいへん大きな意味を持つものでした。
さて、今日より、「日中社会学叢書」第二弾の企画に入ります。今回は、前回に採用した編著形式ではなく、むしろ、単著(あるいは場合によっては“完全な意味での共著”も含む)によるシリーズを考えています。たいへん時間を要する事業ではありますが、前回の叢書がそうであったように、私たちは常に挑戦していく姿勢を持たなければなりません。今後、編集委員会を立ち上げるなかで叢書の理念、目的、方法、執筆者選考基準などを吟味し、適切な時期に原稿の公募を開始します。会員諸氏には、今後、折に触れてご報告、ご相談をしてまいります。
以上、日中社会学会が引き続き取り組まなければならない大きな課題、すなわち日中相互理解と世界平和構築、人材育成と価値創造に対しまして、会長としての所信を、多少具体的に述べさせていただきました。トランスナショナルに横たわるさまざまなリスク、課題に対して、権力ではなく、貨幣ではなく、ましてや暴力ではなく、むしろ学術をもって立ち向かうためには、私自身、退路を断ち、有言実行あるのみと、自らを奮い立たせております。相互に認め合い支え合うなかで、誰に対しても居場所があるような開かれた世界になるよう、その貴重な実践の場として、日中社会学会のさらなる発展に努めてまいります。今後もまた、会員諸氏のご理解ご協力をたまわりますようお願い申し上げます。そして皆様の更なる積極的なご参加をお待ちしております。