[御挨拶]
会長:中村 則弘

(愛媛大学)

 時代は変わりつつある。日中社会学会の会員諸氏をみわたしても,中国にかかわる社会調査や実証研究が数多く行われ,中堅はともかく若手の研究者が貴重な業績をあげるまでになった。それら研究蓄積は相当の水準に達しつつあり,分析の視角や方法でも,中国や欧米とは異なる独特の展開を見せつつあるように思えてならない。こうした状況のもと,日中社会学会も学術団体として,新たな取り組みが求められる時代を迎えているのではないだろうか。

 本学会がいわば「草分け」として行ってきた活動の足跡は,これまでいろいろと書かれており,ここでは割愛する。ただ,20年近くたっても忘れられないことがらを一つ,この機会に記しておきたい。若手会員にとっては,伝説のような話となっているかもしれないが,ぜひ,福武直著作集の『中国農村社会の構造』や「中国・インドの農村社会」,それに『中国農村慣行調査』などを念頭において読んで欲しい。

1989年の訪中のときのことである。本学会の初代会長でもあった故福武直先生が,蘇州近くの船上で,寒山寺付近に広がるかつての調査現地と調査状況をレクチャーしてくださった。踏み込めなかった現地の動き,知られざる調査の実態,くわえて失敗談などであった。さらに,若き日にふれた各調査地や街角の人々との思い出を,そして中国に対する思いまでも語っていただいた。

そこでの忘れられない一言がある。「僕は中国の調査研究を続けたかった。でも,状況が許さなかった。それで日本をしたんだ・・・」である。先生にとって,中国社会はよほど興味の尽きない研究対象だったとみられる。また,中国の人々への思いは,ことさら深かったようである。福武先生は日中の行く末を,日中の学術交流の新たな展開を,そして中国の歴史文化や言語に通暁し,かつての問題を乗り越えた新たな中国社会研究者の成長を心待ちにしておられた。  

聞くところでは,中国の方で「中日社会学会」が設立の運びとなり,いよいよこの5月から活動が始まるという。陸学芸氏をはじめとし,かつて故福武会長と思いを一つにした人たちが中心となっていることは感慨深い。また,そこでの中堅・若手各氏の活躍にも目覚しいものがある。中国でも新しい動きが進んでいるのである。考えてみれば,この背景には,本学会の先達がつくりあげた深い信頼関係が一役かったことは間違いない。日中社会学会と中日社会学会はこれから,交流面はもとより,組織面などにおいても,従来の学術団体間では思いもよらなかったつながりをつくれるものと実感している。まさに可能性は尽きない。

いま求められているのは,行動力とそれを裏打ちする構想力だと考えている。中堅や若手世代が主体となっている本学会だからこそ,新たな種々の取り組みを展開することもできるように思えてならない。本学会が果たし得る事業を,大胆に切り開くことが会長としての責務と思っている。失敗や至らなさ,やりすぎ,あるいは力不足など,目に余ることがらが多々生じるかも知れないが,ご容赦いただきたい。ただそれは,若い世代の中国社会研究に期待を寄せ,中国の,日本の行く末を案じておられた先達に思いを馳せつつ,新たな時代状況を切り開かねばという一念から以外の何ものでもない。

本学会が取り組むべき一連の課題は,以前に示させていただいた。いまは,会員各位の叱咤と協力を,切にお願いするばかりである。